「ウィッチャーの事件簿ロード・ヒル・ハウス殺人事件」が描く実話の重みとは?100年生きた女と名誉を失った刑事

作品レビュー
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イギリスのミステリードラマ「ウィッチャーの事件簿 ロード・ヒル・ハウス殺人事件」を見ようと考えたきっかけは、たんに実話だと知ったから、ということだけのような気がします。

では、なぜ二度も見たのかと聞かれたら、表層的なミステリーだけではない重厚性が私のアンテナに引っかかって、なんだかもやもやと納得できない違和感を感じてしまったんですよね。

特に魅力的な俳優が出ているわけでもないし、私好みの空気感にあふれているわけでもない。時代も古くてとっつきにくい印象‥

なのに、なんか気になる。スッキリしない。自分の中で解決できないものがいろいろ沸き上がって来て、でもうまく言語化できない。

なんだかわからないけど、二度も見てしまった。その理由も探ってみたいと思います。これもミステリーかも。。

「ウィッチャーの事件簿 」とはどんなドラマ?

このドラマは 、ケイト・サマースケイルの2008年のノンフィクション本『The Suspicions of Mr Whicher or The Murder at Road Hill House(ウィッチャーの事件簿 ロード・ヒル・ハウス殺人事件)』を原作に、ITV制作のドラマシリーズで、パディ・コンシダインが主人公ウィッチャー刑事を演じます。引用元: Wikipedia
舞台はヴィクトリア朝時代のイギリス。1860年の出来事です。ホームズが活躍するのが1880〜90年代なので、それより少し前の時代ですね。
警部補ジョナサン・ウィッチャーは、1842年にスコットランド・ヤードに創設された刑事部の最初期メンバーのひとりで、46歳の時点ですでに難事件を数多く解決し、高い評価を得ていました。
「ウィッチャーの事件簿」はシリーズ1のみ制作され、1話が1時間半、全4話のドラマです。
最初の「ロード・ヒル・ハウス殺人事件」だけが実話で、あとの3話は、警部補ウィッチャーが警察を辞めて私立探偵になってからのエピソードとなり、こちらは原作者ではなく、ドラマの脚本家の創作ということになります。

1860年、ロード・ヒル・ハウスで何が起きたか

1860年6月29〜30日の夜、ウィルトシャー州ロードのロード・ヒル・ハウスで、3歳の少年フランシス・サヴィル・ケントが行方不明になり、庭の便所跡で遺体となって発見されました。ウィッチャーの疑惑は、被害者の16歳の異母姉コンスタンス・ケントへ向かいました。
しかし彼女は逮捕されたものの、労働者階級の刑事が上流の令嬢を告発したことへの世論の反発により、裁判なしで釈放されました。
1865年、コンスタンスはブライトンのアングリカン系修道院に滞在中に告白し、ボウ・ストリート警察署に出頭して自白しました。ウィッチャーはすでに1年前に警察を追われていたため、彼の名誉は回復されませんでした。
コンスタンスは死刑を宣告されましたが、裁判後の世論の反発により、刑は終身刑に減刑されました。(ヴィクトリア女王が減刑を決定しましたが、なぜかは歴史的記録にほとんど残っていません。)その後20年間、ミルバンク、パークハースト、ウォーキング、フルアムの各刑務所で服役し、1885年に41歳で釈放されました。参照: Wikipedia
1886年にオーストラリアへ渡り、タスマニアにいた弟ウィリアムと合流。ウィリアムは海洋生物学者として働いていました。
コンスタンスは「ルース・エミリー・ケイ」と名を改め、ビクトリア州とニューサウスウェール州で看護師として働き、ニューサウスウェールズ州イースト・メイトランドの看護師寮で寮母を20年間務めました。そして100歳まで生きて1944年に亡くなりました。参照 :Shedunnit

正しかったのに報われなかった男:ウィッチャー警部とは何者か

ウィッチャーは優秀な警官で、スコットランドヤードに創設された刑事部の初期メンバーの一人として活躍していた人物です。

その腕を買われて、「ロード・ヒル・ハウス殺人事件」を担当し、ウィッチャーの疑惑は、被害者の16歳の異母姉コンスタンス・ケントへ向かいました。
しかし彼女は逮捕されたものの、労働者階級の刑事が上流の令嬢を告発したことへの世論の反発により、裁判なしで釈放されました。

その後ウィッチャーは追われるように警察を辞め、しばらくしてから私立探偵として活動することになります。

コンスタンスの自白で名誉は回復されたとはいえ、本人はすでに病んで引退した後のこと。新聞が「ウィッチャーは正しかった」と書いても、それで失った時間は戻らないわけです。

彼は間違えたから失脚したのではなく、正しかったのに失脚したという点で不運でした。上流階級の娘を告発した「身の程知らず」として叩かれた。才能や論理ではなく、階級の壁に潰されたわけです。

ヴィクトリア朝という時代の光と影が、この一人の人物の生涯に凝縮されているような気がします。華やかな屋敷の影に何があったか、優秀な人間が何に阻まれ、その後の彼の人生にどういう影響を与えたか。
私のもやもやは、この時点でもまだくすぶっていました。

コンスタンスの自白で一見事件は解決したように見えるけれど、果たしてそうなのか?
弟のウィリアムはまったく関与していないのか?
コンスタンスは弟をかばって、自分が罪を負うことになったのではないのか?

このロード・ヒル・ハウス事件は、単なる謎解きミステリーではなく、実在した不運な天才の話であり、階級社会の理不尽さの話でもあります。しかも、最後まで謎が残る。

それが1時間半のエピソードの中に幾層にも重なり合って、地味で重いドラマだけれど、なぜか惹かれる、気になって仕方がない、という私のアンテナに引っかかったのです。

ケイト・サマースケイルという作家の執念

最後に、まだ若い作家のケイト・サマースケイルが、なぜこの、ビクトリア朝時代の古い事件に執着したのか、そのあたりについて触れてみます。

ケイト・サマースケイルは1965年生まれのイングランド人作家・ジャーナリストで、外交官の父の仕事の関係で日本、チリ、イングランドを転々として育ちました。
オックスフォード大学で優秀な成績を収め、スタンフォード大学でジャーナリズムの修士号を取得。
そして彼女は、1890年代の未解決事件集のアンソロジーでこの事件を偶然見つけ、すっかり魅了されてしまいました。それで、なんとデイリー・テレグラフ紙の文芸編集長というポストを辞めてまでこの本の執筆に専念。調査に1年、執筆に1年を費やしたのです。

これは純粋なノンフィクションです。ウィッチャーが現代の探偵小説の原型(ウィルキー・コリンズからダシール・ハメットのサム・スペードまで)に影響を与えたことを論じた、重層的な構造を持つ作品です。
つまり「事件の記録」でありながら「ミステリーというジャンルの誕生を描いた文化史」でもある。それがあの渋いドラマの奥行きにつながっているんですね。

そしてこの本は2008年にサミュエル・ジョンソン賞(ノンフィクション部門の最高峰)を受賞しています。

地味な時代の地味な事件に、これだけの情熱を注いだ女性が書いた—それがあのドラマの「地味なのに見続けてしまう」引力の源かもしれません。

さいごに

「地味なのに見続けてしまう」理由は、たぶんこれからも完全には言語化できないかもしれません。なので、そのまま抱えておくことにします。

ときどき、ふと、あの暗い屋敷のイメージが浮かんできそうな気が。。

「ウィッチャーの事件簿」エピソード2以降は、実話を離れ私立探偵になったウィッチャーが新たな事件に挑む創作のお話になります。こちらもまた渋くて見ごたえがありますよ。

全4話、Amazonプライムビデオでどうぞ。

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